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東京地方裁判所 平成2年(ワ)3729号 判決

原告

土屋久美子

ほか二名

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか四名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

一  請求

1  被告吉川正憲は、原告土屋久美子に対して二二一六万一二六三円及び内金二一一六万一二六三円につき昭和六二年四月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、原告土屋雅子に対して一一〇八万〇六三一円及び内金一〇五八万〇六三一円につき昭和六二年四月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、原告土屋晴代に対して一一〇八万〇六三一円及び内金一〇五八万〇六三一円につき昭和六二年四月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  被告安田火災海上保険株式会社、被告三井海上火災保険株式会社、被告大東京火災海上保険株式会社及び被告日本火災海上保険株式会社は、原告らの被告吉川正憲に対する判決が確定したときは、各自、原告土屋久美子に対して二二一六万一二六三円及び右確定の日の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、原告土屋雅子に対して一一〇八万〇六三一円及び右確定の日の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、原告土屋晴代に対して一一〇八万〇六三一円及び右確定の日の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  本件事故及び争点

1  本件事故

本件事故は、昭和六二年四月四日午前三時五〇分ころ、静岡県沼津市西条町一六一番地先交差点において、訴外杉本親重(一七歳、以下「訴外杉本」という。)運転の普通乗用自動車(沼津五五も九三六、以下「加害車両」という。)と土屋勝運転の普通乗用自動車(静岡五八さ八三三四、以下「被害車両」という。)とが衝突し、土屋勝が死亡したが、加害車両は訴外杉本が窃取した盗難車である。

2  争点

(一)  原告らは、被告吉川正憲(以下「被告吉川」という。)は加害車両の運転者として、車両を離れるときは、その車両の装置に応じ、その車両が他人に無断で運転されることがないようにするため、エンジンキーを抜いてエンジンを止めることはもとより、ドアに施錠するなど必要な措置を講ずべき義務がある(道交法七一条五の二号)のに、これを怠り、エンジンキーを差し込んだままドアに施錠せず、人通りの多い道路上に放置するなど管理上の過失があり、第三者の運転を容認していたというべきものであり、車両の運転者の過失で窃取された盗難車が、パトカーに発見され、そのパトカーから逃げるために暴走して起こした交通事故は、盗難車のパトカーからの逃走のための暴走という密接な関係にあり、一つの類型・定型といえるものであつて、盗難と交通事故との間には相当因果関係があるので、被告吉川は自賠法三条、民法七〇九条にもとづき原告らが本件事故で被つた損害を賠償すべき責任があり、被告保険会社らは、訴外吉川英也との間で加害車両につき賠償額無制限の対人賠償責任保険契約を締結しているから、原告らの被告吉川に対する判決が確定したときは、各自、損害賠償額を支払う義務がある旨主張する。

(二)  被告らは、被告吉川が加害車両に施錠せず、エンジンキーを差し込んだまま降車したとしても、その目的は夜遊びをしている娘を連れ帰ろうとしたことにあり、停車させた場所も目と鼻の先であつて、社会通念上加害車両は被告吉川の管理下にあるといえる位置であつたから、加害車両の盗難について、被告吉川には何らの管理上の過失はなく、第三者に加害車両の使用を認容したと認められる客観的事情は存在せず、また、仮に管理上の過失があつたとしても、本件事故は加害車両の盗難から既に一四日も経過した後の事故であり、距離的にも離れているなど、被告吉川の加害車両に対する運行支配は客観的に失われているうえ、本件事故においてはパトカーは慎重に訴外杉本運転の加害車両を追尾しており、サイレンを連続的に鳴らして追い立てていたという状況にはなかつたものであり、パトカーによる追跡と本件事故との間に相当因果関係があるとはいい得ないから、被告吉川は損害賠償責任を負うことなく、被告保険会社らにも損害賠償額の支払い義務はない旨主張する。

三  判断

甲第二号証ないし甲第一四号証、被告吉川正憲本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  被告吉川は、昭和六二年三月二一日夜、知人の結婚式に出席した後、友達の車に同乗して勤務先会社に戻る途中、大川歯科医院(沼津市内浦三津)前の路上で次女の訴外吉川里美(一五歳、以下「訴外里美」という。)が訴外大川秀士(一九歳、以下「訴外大川」という。)ら数名の遊び仲間と一緒にいるのを認めたので、勤務先会社に戻つた後、訴外里美を連れ帰るため、勤務先会社に駐車させていた加害車両を運転して行き、同日午後一一時ころ、大川歯科医院から約三〇メートル離れた金指理容店(沼津市内浦三津一二三番地)前の道路上に停車し、加害車両のエンジンキーを差し込んだまま、施錠はせず、エンジンを回転させたまま道路上に置いて、大川歯科医院前まで歩いて行き、約二〇分ほど、訴外里美に家に帰るよう話をしていた。なお、右道路は幅員約六メートル、直線道路で見通しは良く、道路に沿つて一般住宅が建在している。

2  訴外杉本は、窃盗(オートバイ盗)など非行歴七回、補導歴二七回を有し、最近少年院を退院したばかりであるが、訴外大川の友達で、訴外林良郎(一七歳)が運転するオートバイに同乗し、同日午後一一時二〇分ころ、訴外大川に会いに来たが、同人に会えず、また、同乗してきたオートバイも訴外杉本を降ろした直後に帰つてしまつたため、帰りの足に困つていたところ、加害車両が夜間エンジンキーを差し込んだまま道路上に置かれているのを発見し、近くに被告吉川らがいるのを認めたが、同車に乗り込んだうえ運転して発進させ、被告吉川から制止を受けたがそのまま進行させて加害車両を窃取した。なお、訴外杉本は自動車運転免許は取得していないし、被告吉川とは何ら人的関係はなく、顔見知りでもない。

3  被告吉川は、訴外里美の友達から加害車両が盗まれたことを告げられ、加害車両の前面で両手を広げて停止させようとしたが、危険を感じるスピードで向かつてきたため、これを避けたところ、加害車両は逃走した。

その後直ちに、被告吉川は、近くの警察官派出所(沼津警察署内浦警察官駐在所)に行き、加害車両が盗難にあつた旨被害届を提出し、翌二二日には実況見分に立ち会つた。

4  訴外杉本は、加害車両を窃取した日から二週間、自宅(静岡県田方郡伊豆長岡町長岡一〇七六番地一)近くのスーパーマーケツト八百半ポニーの駐車場に駐車させたりしては、時々、伊豆市内、天城山中、伊豆長岡町、山中湖、河口湖などへと加害車両を無免許で乗り回していた。

その間に、訴外杉本は、加害車両のフロントグリルとヘツドライトの回りを白く塗装し、ピンク色のビニールホース二本をラジエーターから出し、バンパーの下に通してオイルクーラーパイプの様に見せ掛け、マフラー部にマフラーカツターを取り付け、車内にステツカーを貼つたりして、一見しただけでは元の車とは別の車に見えるようにした。

5  訴外杉本は、昭和六二年四月三日の夜、加害車両を運転し、遊び仲間の訴外森川幸治(一七歳、以下「訴外森川」という。)ほか少女四名(いずれも一六歳)を同乗させて、大瀬崎の海水浴場の駐車場に行つたりして、深夜ドライブをして遊び、ガソリンの残量が少なくなつたことから、沼津インター出口のガソリンスタンドで給油し、翌四日午前三時ころ、沼津市内の深夜営業のスーパーローソンで腹ごしらえをした後、長岡町へ帰ることとして六名が乗つて出発したところ、少女二名がトイレに行きたいというので、沼津市内の千本公園(沼津市千本町所在)に立ち寄つた。

6  訴外杉本は、千本公園内東側の公衆便所の隣に加害車両を停車させ、少女二名をトイレに案内していたところ、後から遅れてトイレに来た訴外森川から、パトカーが脇を通り過ぎた旨告げられたため、確かめたところパトカーが停止して、そのバツクギヤランプが点灯したのを見た。

訴外杉本は、パトカーが戻つて来るものと判断し、パトカーに声をかけられたら自動車の窃盗と無免許が発覚すると思い、逃走するため加害車両に戻り、訴外森川に乗車するよう促し、加害車両に乗り込むと、少女二名をトイレに残したまま、加害車両をバツクさせ、千本公園の東側道路に出た後、沼津市内の旧国道一号線方面へ向けて発進した。

7  静岡県警察本部防犯警邏部特別機動警邏隊所属の警察官らは、パトカーで警邏中、昭和六二年四月四日午前三時四九分ころ、千本公園東側の公衆便所の隣に駐車していた加害車両の脇を通り過ごしてから、盗難車一覧表で確認したところ、右車両が二週間前に沼津市内で盗まれた車であることが判明したため、パトカーを直ちに反転させて戻つたが、加害車両は右公衆便所の隣にいなかつたので逃走したものと認め、加害車両の検索を開始した。

警察官らは、検索開始後、加害車両がパトカーの約五〇メートル前方を右方から横切つて行くのを認め、この時点でパトカーの赤色灯を点灯し、サイレンを吹鳴せずに加害車両の追跡を始めたが、道路が湾曲しているため約五〇〇メートル進行した地点で加害車両を見失い、同所が本町交差点(沼津市浅間町二二五番地先)まで一本道であるためそのまま進行した。本町交差点に差し掛かると、同所から約一〇〇メートル先を車両が北進しているのが認められ、他に車両が見当たらなかつたことから同車両が加害車両の可能性があるものとして本町交差点を直進して北進し、前方約一五〇ないし二〇〇メートル先の同車両を追跡したが、同車両が加害車両との確信が取れないため、サイレンは本町交差点通過時一度吹鳴しただけで、赤色灯のみ点灯し、左右の駐車場に隠れている可能性もあると考えて、時速約五〇キロメートルで北進した。次の交差点である大門交差点では、信号が赤色であつたので、同交差点においてもサイレンを一度吹鳴して通過した。大門交差点を北進中、前方約三〇〇メートルの西条交差点(沼津市西条町一六一番地先)で砂が舞い上がる状況が見え、音は聞こえなかつたが、同車両が事故を起こしたものと認め、サイレンを吹鳴しながら緊急走行に入り、同交差点に向かつた。

8  訴外杉本は、前記発進後、左方道路にパトカーがいるのを認め、同パトカーから逃げるため、当初はカーブが続く狭い道なので時速約四〇ないし五〇キロメートルで進行し、本町交差点を過ぎ、道路幅が広く、直線道路になつたところで制限速度時速四〇キロメートルを大幅に上回る時速九〇ないし一〇〇キロメートルで走行するなどして、千本公園から沼津駅方面へ向けて逃走し、同市内の本町交差点、大門町交差点、第一小学校前交差点、西条交差点と進行した。

訴外杉本は、西条交差点において対面信号機の信号が赤色を呈示していたのに、パトカーに気を取られるなどして信号に注意せず、同交差点を北進しようとして進入し、土屋勝が運転し、旧国道一号線を青色信号に従い東進してきた被害車両の右側面に加害車両を衝突させ、その衝撃により同人を死亡させた。

以上の事実が認められ、右事実よれば、本件事故による生命侵害と加害車両の運行との間には相当因果関係があると認められるが、泥棒運転されたことによる事故に対する当該車両の保有者の運行供用者責任の有無は、車の管理上の過失の内容・程度、窃取者の乗り出しの態様、返還予定の有無、窃取と事故との時間的・場所的間隔等を総合判断して定まるものと考えられるところ、前記事実によれば、エンジンキーは差し込んだままではあるが、被告吉川と加害車両との距離は約三〇メートルであり、見通しも良く、視認できること、訴外里美を連れ帰るために駐車させたもので被告吉川に加害車両を長時間放置する意図はなかつたこと、窃取されたことに気付いてから、被告吉川は、その逃走を阻止しようとして加害車両の前方で手をひろげて立ち塞がるようにしたこと、盗難届けも窃取後すぐに出すなどして訴外杉本の運転を排除するための措置を取つていること、窃取日と本件事故日との間に一四日あり窃取後短時間の事故とはいえないこと、その間に加害車両の外形が訴外杉本により変更されていること、ガソリンも切れて訴外杉本による給油がなされていること、窃取直後の逃走運転は目的を達して終了し、その後数回長時間走行されていること、窃取場所と本件事故現場とは約一四ないし一五キロメートルと距離的にも離れていること、訴外杉本に加害車両を返還する意思は認められないこと、訴外杉本と被告吉川との間に人的関係の認められないことなどの点が認められる。これらの諸点を総合考慮すると、被告吉川は、加害車両を第三者の自由使用に委ねたものとは評価できず、また、加害車両に対する運行支配を失つており、自賠法三条の責任は否定される。さらに、加害車両が窃取されたことについては、被告吉川に管理上の過失があるが、事故は直接的には運転者である訴外杉本の過失によつて起きたものであるから、管理上の過失と生命侵害との間に相当因果関係が肯定されるには、窃取後比較的短時間で事故が発生し、加害車両が未だ管理の影響下を脱出せず、管理上の過失に包まれていて、その残存があるといえる場合に、管理上の過失が事故発生に影響し、当該過失と当該事故と相当因果関係があるものとすべきであるが、窃取後本件事故までの前記認定の経緯からして、管理上の過失と本件事故との間に相当因果関係は認められないから、被告吉川は、民法七〇九条の責任も否定される。

四  よつて、原告ら被告らに対する本件請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田卓)

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